ライブやフェスの中止の決断を当たり前だと思わないでほしい

  • 2020年4月12日
  • 2020年7月11日
  • コラム
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働く人たちのこんな声をよく耳にする

「こんな状況なのに今日も普通に出社」
「なぜうちは自粛にならないのか」
「会社は金儲けのことしか考えていない」

その度に思う。

「自分は行かないと決めることは出来るじゃないか」、と

会社は休業にしてしまえば当然収入はなくなる。しかし支出はなくならない。社員の給料だけでなく、家賃だったり設備にかけた分割の支払いや諸々の維持費がかかる。自分一人だってたかだか数十万円の収入がなくなり、生活費の出費だけの状況になることを恐れているのに、平気で他人(会社)にはそれを求めるなんてどうかしている。

「会社は金儲けのことしか考えていない」と言うが、そもそも会社というのは金儲けのための組織であるのだから、的外れもいいところだ。会社が金を稼げなければ、自分の給料なんて到底支払ってもらえないことを理解しているのだろうか。

もちろん、在宅勤務に出来る仕事内容なのに、頭の固い上のおじさんたちのわけのわからない根性論で出勤になっているならそれは文句を言って然るべしだが、そうでない仕事も往々にある。どちらにせよ、自分の身は自分で守るしかないのだ。

イベントの中止は「英断」だ

さてここからは表題の件。知る限りではGWまでのほとんどのライブやフェスが順次中止を発表している。その中でも比較的大規模なイベントだった、JAPAN JAMやVIVA LA ROCKといった大型フェスもついに中止になってしまった。

2月の終わりくらいから、ライブイベントは批判の矢面に立たされ続けてきた。イベントの自粛要請が出てからも開催を強行した東京事変の復活ライブには批判が殺到していたのが記憶に新しい。

フェスの中止決定の報道を受けての世間の反応といえば、「まあ当然のことでしょう」「むしろ決定が遅いくらいだ」というものだった。いったい何様のつもりだろうか。自分は会社のせいにしながら、今日も出勤しているのにも関わらず。

ビバラのプロデューサーである、鹿野さんがインタビューでこんなことを言っていた。

7億円ものお金がかかって7億1円から純利益が生まれるフェスって、事前に中止しても2億5千万の負債を被る危険を秘めているんです。

その金額ももちろん痛いけど、それよりも来年以降にこのフェスの価値が下がったり、魂が抜け落ちた安物のフェスになったりしないように──もっと言えば、来年以降に参加者が集まらない、面白そうだと思われない、その結果開催できなくなるフェスになるほうがよっぽど痛いんです。それと2億5千万円を比べると、2億5千万のほうがきっと安いんですよね。

普通の人たちはこう言った事実をあまり知らない。ちょっと考えればわかることなのに、中止にすればただ+0円になるだけでしょ、という感覚の意見があまりにも多すぎる。

この例はビバラロックという大きなイベントだけど、小さなライブハウスだって同じことだ。ライブを開催するにあたってしてきた準備、先行投資が全て水の泡になる。そんな中で勇気を持って中止を決めてくれているのだ。

開催すれば、アーティスト、参加者、スタッフにリスクがある。だからと言って2億円の負債を被る決断をするのは果たして「あたりまえ」なのだろうか。僕はそうは思わない。主催者が中止を決断するのと同じように、参加者も含めた関係者にだって、自分で参加を判断することができるのだから。

それでも「ライブなんてなくても困らないものだから」という人はいるだろう。世の中は生きていくのに必要な仕事であふれているわけじゃない。きっとたいていの人は、あなたが仕事に行かなくても会社は社会は回るのに、自分の生活のために仕事に行っているじゃないか。

イベントの大小に関わらず、中止の決断は「英断」だ。身を削って苦渋の決断をしてくれたんだ。そういう認識がもっともっと広まっていってほしい。イベントの中止は決してあたりまえなんかじゃない。

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